里穂のブログ
浮気を一回許した瞬間、彼女じゃなくて“母親”になる
先日、ドラマを観ていて、胸に刺さる台詞があった。
「男の浮気を一回許したら、
男は女のこと母親だと思うようになるんです。
許しちゃだめだよ。」
思わず、巻き戻した。
あまりにも本質的で、残酷で、でも真実だと思ったから。
浮気をされた側は、たいていこう考える。
「今回だけかもしれない」
「反省しているなら信じたい」
「私が支えれば変わってくれるかもしれない」
好きだから。
失いたくないから。
だから許す。
でも、その“許し”が、実は関係を壊す始まりになることがある。
許した側は「愛情」のつもりでも、
許された側が学習するのは「甘え」だったりする。
「この人は離れない」
「泣けば許してくれる」
「何をしても戻ってきてくれる」
そうやって、緊張感がなくなっていく。
気づけば、
励ますのも自分
待つのも自分
我慢するのも自分
許すのも自分
いつの間にか、恋人ではなく“保護者”になっている。
それはもう対等な関係じゃない。
母親のように包み込む存在に、
男性は安心はしても、ときめきは感じない。
大切にはしても、追いかけなくなる。
つまり、「女」として見られなくなる。
これ、すごく悲しいけれど、現実としてよくある話。
カウンセリングでも、尽くしすぎた人ほど最後に言う。
「私、もう女として見られていない気がする」って。
当然なんです。
恋愛は“我慢大会”じゃない。
どちらか一方が耐え続ける関係は、もう恋愛ではない。
許すこと=優しさ
ではない。
ときには、離れることのほうが、よほど自分への愛だったりする。
自分を雑に扱う人を、そばに置き続けないこと。
それも立派な自己肯定感です。
あなたは母親になるために恋愛しているわけじゃない。
大切にされて、愛されて、
一人の「女性」として扱われるために恋をしているはず。
どうか、自分をすり減らす優しさは選ばないで。
幸せになれる関係を、選んでいいんです。
